父と娘で塗り重ねる手仕事 映画レビュー『バカぬりの娘』
目次
ものづくりへの姿勢は、生き方にも通ずるものがあるのかもしれない。
今回は漆を何度も塗り重ね研磨を繰り返して仕上げる、通称“バカ塗り”と呼ばれる津軽塗のように日々を重ねていく親子を描いた映画、『バカぬりの娘』を紹介いたします。
あらすじ

青森県に伝わる伝統工芸、津軽塗。主人公の美也子は口数の少ない寡黙な父(清史郎)とふたり暮らし。父は代々続く津軽塗職人をしていて、仕事を突き詰めるあまり家庭を顧みてこなかった人だった。顧みなかった結果母は家を出、兄も家業を継がず美容師として働いている中、美也子はひとり、父を手伝っている。
彼女は父に似て口下手で、自分の気持ちに向き合うことも苦手。しかしある日仲の良い兄が自分の人生を選択していくのを目の当たりにしたことで、自分の心と向き合うようになった。そしてかつて文部大臣賞を受賞した祖父と父の背中を追うように本格的に津軽塗の職人を目指したいと父に告げるが───
2023年公開、鶴岡 慧子監督作品。
やりたいことってなんだろう
勤め先のスーパーでの仕事は正直言って彼女に合っていない様子。兄からも転職の提案を受けていたけれど美也子の口をついて出た言葉は、「でもこんな私を雇ってくれるところ他にないし」というとても後ろ向きなものだった。そんな美也子が、兄が家族の暮らす弘前から遠く離れた土地への旅立ちを決意したことで、「自分のやりたい事とは」と考えるようになった。
それまで手伝っていた、津軽塗の職人を本格的に目指す。父が継がせたかった兄ではなく、自分が父の工房を継ぐ。これを生業にしたいと心に決めた美也子の目は、これまでの自信なく伏せがちだったものとは異なり、俯くことなくしっかりと前を見据えていて応援したくなる。自分には出来ないかもしれない、やってみる前からそう考えてしまうことは少なくない。今、ハンドメイド作家として活躍されている方の中にも、同じように不安に思いながら作家としての一歩を踏み出した方がいるのではないでしょうか。
父と娘で仕上げる、“バカ塗り”
ストーリーの序盤に父と美也子がふたりで器を仕上げていくシーンがあり、これがとても素晴らしい。納品された器を用意し、何度も何度も赤や黒の漆を塗り重ね、研磨を繰り返す。およそ10分間の心地いい刷毛を運ぶ音や器をやする音が響く作業風景は、セリフもほとんどない。父の手元を見て美也子がそれをじっと見つめ真似る、職人の緊張感も伝わってくる贅沢なシーンで間違いなく本作の見どころのひとつ。
冒頭のセリフでさわりだけ説明される津軽塗の工程を見られることで、バカ塗りの由来でもあるバカ丁寧さも感じることが出来ます。
さいごに

ストーリーの大筋としては描かれていませんが、美也子が「女性は」というジェンダーバイアスの中で暮らしていることも描写の端々から見て取れます。その中で職人を生業に選ぶことや、自分の生き方を選ぶことを考えさせてくれる作品です。
個人的には、美也子を想う父の姿にも涙しました。ぜひ、一度ご覧ください。