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【流れに身を任せた男の末路】

ある・みる座談会にも登壇したことのある旅のプロフェッショナル 田中さんの旅コラムです。

“流れに身を任せる”のは一つの処世術でもあるが、あまりに何も考えず流れに従うと思わぬところに流れ着いてしまうことがある。

 

私も初めてのひとり旅で訪れたフィジーにて、流れに身を任せた結果思わぬ自体に巻き込まれたことがあった。

 

今回はそんなエピソードを紹介したい。

 

そもそも私がフィジーに訪れたのは、飛行機の乗り換えのためである。

特に行くあてはなく、どこかへ遠出するほどの時間もない。

しかし長い乗り換え待ちの時間に耐えられなかった私は、とにかく都市に向かってみることにした。

 

空港の職員さんにバスの場所を確認し、しばらく歩いて赤いバスへと乗り込む。

容赦ない音量の音楽を聞き流しながら、どこかへと進むバスに揺られてだんだん不安になってきた。

私(これ…どこまで行くんだろう…)

 

壁には引っ張ると鈴が鳴るヒモが付いているので、おそらくこれを引っ張ることが「降ろして!」のサインだろう。

 

しかし今いる場所は思いっきりの森!

こんなところでバスから降ろされても、どうにもできないではないか。

不安で心をざわつかせていると不意にバスが停まり、人が乗り込んできた。

 

私(最初の停留所かな?)

 

と思い辺りを見回すも、停留所を示す目印のようなものは見当たらない。

しかし人は沢山乗ってくる。

 

私(こんなんじゃ帰りのバスどこで乗るかわかんねえよ!!)

 

とにかく私は“流れに身を任せてみる”ことにした。

 

時が流れ、すっかり人でごった返す車内で私は、相変わらずのポーカーフェイスを保っている。

しかし心は焦りと不安、そしてある種の諦めで溢れていた。

もはやポーカーフェイスを保つことしかできない。

「え?余裕ですけど?」という表情を取り繕うことしかできない。つらい。

 

そんな哀れな日本人を乗せたバスは、どうやら終点へと辿り着いたようだ。

終点はこれまでの停留所とは違い、ちゃんとターミナルになっていて人が降りていく。

さらにターミナルの奥には商店街のようにお店が並んでいるではないか!

 

私(ここだ!!ここで降りるしかない!!)

 

この場所であれば、帰り道で空港行きのバスに乗り込むことも容易だろう。

喜びと安堵が心に溢れるものの、まだ緊張している私のポーカーフェイスは崩れない。

 

やっと緊張がほぐれたのは、商店街の飲食店でサンドイッチを食べた時であった。

私(美味い…良かった…)

 

ホッと一息つきながら、ここはどこなのだろうかと街を眺める。

SIMカードも買っていないし、スマホは当然使えない。

 

私(しばらく散歩したら、念のため早めに帰るか…)

 

と考える私に、声をかけてきた男性がいた。

 

男性「何してるのー!?中国人!?日本人!?」

私「日本人だけど…」

 

テンションに戸惑いつつも、つたない英語でなんとか会話する。

しばらく話し込んでいたが、ぶっちゃけ彼が何を言っているのかはほとんど分からない。

 

男性「よし!じゃあ付いてこいよ!」

私(ん?街を案内してくれるのか…?)

 

どこかへ連れて行かれることになったようだ。

とりあえず私は“流れに身を任せてみる”ことにした。

 

流れ着いた先は、何かしらのお店。

 

男性「ブラ!」

店主「ブラ」

 

何かしらの暗号かと思ったが、どうやらフィジーの挨拶らしい。

店主「ブラ!」

私「ブラ!」

 

流れに身を任せ、私も挨拶を交わす。

誰だ。このおっさん。

 

男性「ここでお土産を探せよ!」

私(なるほど、お土産屋さんに連れてきてくれたのか…)

 

安心しながら店の商品を眺めていると…

 

店主「こっちに来て、座れ。」

私「え…」

 

座るよう指示されたのはレジの奥。

 

え、めっちゃ怖い。

ここで何をされるのか分からない。

大した金は持っていないが、それでもリュックにはクレジットカードやパスポートが入っている。

他に人はいなさそうだが、男性2人がかりで抑え込まれたら何もできないだろう。

 

しかし私は……

 

“流れに身を任せてみる”ことにした。

 

ご座のような場所に座ると、店主はさも当然のように私の正面に座ってきた。

手元にある箱を開けると出てきたのは…

 

灰色の粉!!!

 

私(え、何これ!!!大丈夫なやつ!!?)

心臓がバクバクする音を聞きながら、私はすっかりポーカーフェイスである。

「余裕です」そう取り繕ってしまう自分が怖い。

 

店主は灰色の粉を布製の袋に入れ、袋を水が溜まった皿の中で揉み始めた。

布越しに抽出された粉の影響で、水が灰色に染まる。

男性「俺も同じの飲んでるよ!」

 

奥のテーブルで男性が灰色の水を飲んでいる。

え、これ飲みものなの!?

 

私「これは何?」

店主「カヴァだよ。歓迎のカヴァをお前にやる。」

 

私「カヴァって何?アルコール?」

店主「アルコールじゃない」

 

カヴァってなに!?

店主は粉の抽出を続ける。

私(毒なんじゃないか…?気を失わせる作戦なんじゃないか…?)

 

めちゃくちゃ恐ろしい。

幻覚作用のある何かしらじゃないだろうか。

 

男性「じゃ、俺は帰るわ!カヴァを楽しんで、日本の家族にいっぱいお土産買えよ〜!」

 

え、帰るの!?

そしてカヴァってなに!?

いぶかしむ私に、店主はカヴァの紹介記事が載った新聞を見せてきた。

新聞いわく、カヴァはフィジーの伝統的な飲み物だそうだ。

 

ちょっと安心してしまう私。

 

店主「さぁ、できたぞ。飲む前に手を3回叩け。」

 

できてしまった!!
どうする!?

飲むか!?飲まないか!?

 

迷った私は

 

“流れに身を任せる”ことにした。

 

私「オーケー」

 

手を3回叩き、皿に口をつける。

 

店主「一気に飲み干せ!!」

 

ここまできたらいってやる!!

私は謎の飲み物「カヴァ」を一気飲みした。

たいへん粉っぽい飲み物である。

一気に飲み干したからか、味らしい味は感じない。

 

店主「……飲み干したらもう1度手を叩いて“ヴィナカ”と言うんだ」

私「……“ヴィナカ”」

 

なんの儀式だ。

困惑しつつも、その後店主も同じカヴァを飲んだことで安心した。

本当にただの歓迎なのかもしれない。

 

その後、私はごく当たり前のように店を見て回り、ごく当たり前のように何も買わず店を出た。

歓迎してもらって申し訳ないが、長居するのが恐ろしい。

 

のちに調べたところ、私が飲んだ「カヴァ」はあの新聞の通りフィジーの伝統的な飲み物であった。

アルコールと同じく大量に摂取すると酩酊状態になるそうで、アルコールが禁止されていた時代のあるフィジーでは一般的に親しまれているそうだ。

 

どうやら本当に歓迎されていたらしい。

 

しかし観光客に「カヴァ」を飲ませて大量に物を買わせたり、物や金品を盗む事件はよくあるそうで、私は運が良かったのか、それとも酔う前に帰っただけなのか…

 

流れに身を任せるのも、ほどほどにしておいた方が良さそうだ。

 

タカタナカ