【世界一暑い大地でキャンプツアーに参加】
エチオピア東部に「人類が居住可能な世界で最も暑い場所」があるのをご存知だろうか?
ダナキル砂漠の一角にある、日中50℃を超えるその灼熱の地は広大な塩湖で、塩の権利を独占しているアファール族が今も暮らしている。
塩をめぐって幾度も抗争が行われた場所だけに、現在アファール族が塩湖への立ち入りを許可しているのは観光・取材目的のツアーのみ。
当時エチオピアのメケレという町に滞在していた私は「世界一暑い場所でのキャンプツアー」という響きに心を打たれ、妻と友人と共に参加を決めた。
当日。
宿に迎えに来てくれたドライバーさんと共に、これから10時間程度かけて車移動だ。
車内は熱がこもりきってかなり暑い。しかしエアコンは使えず、窓を開けようにも熱風と砂が舞い込んでくるため開けられない。
助手席にも乗れないので後部座席に3人でぎっちり座る中、ドライバーお気に入りのレゲエソングが大音量で流れている。
行く前からなかなかの地獄である。
暑さと戦いながら進むのは、アフリカらしい乾燥した低木地帯。
たまに通り抜ける郊外の街で休憩しながら、少しずつ目的地へ近づいていた。
次第に別の街から来た他のツアー参加者たちと合流し始め、車は列になりながら道を進む。
すっかり会話もなくなっていた我々だが、友人が景色の変化に気づいた。
友人「これ、もしかしてもう塩湖の上にいる?」
ドライバー「よく気付いたな!もう塩の上を走ってるぞ!」
周囲を見渡すと、たしかに木や草が全く生えていない。
つまり土ではないということだ。見渡す限り岩塩の大地が続いている。
ドライバーさん曰く、表面にある分厚い塩を割ると下には塩水が溜まっているそうだ。
私「そんなところ、車で走って大丈夫なの?」
ドライバー「あぁ…そういや考えたこともなかったな。大丈夫じゃないか?」
いやそこは真っ先に考えてくれよ!!
何より気になるわ!!
しばらく先に進むと実際に表面の塩が一部薄くなり、池のようになっているスポットが現れた。
いやこれやっぱり大丈夫!?
と思ってしまうが、希望者は中に入っても良いとのことだったので浸かって楽しむことに。
塩水なので身体が浮く!
足を中に入れることができない!
その後ドライバーさんの警告を聞かず、塩水に顔をつけた私は目に激痛が走り、入ったことをすぐ後悔することになった。
しかし目の激痛以上に驚いたのは、水から上がった瞬間に乾いていく身体である。
大地が乾燥しきっているのだ。
確実に「世界一暑い場所」に近づいている。
早く身体を拭かないと塩まみれになるそうだが、僕の髪の毛はもう手遅れであった。
それでもゴールであるキャンプ地はまだ先のようだ。
私「キャンプ地はここより更に暑くなるってこと?」
ドライバー「多少暑くなるが、それ以上にすごく綺麗な場所なんだ。」
ドライバー「俺からすりゃキャンプじゃなくて五つ星ホテルだね。」
そう言って車は更に進み、例の「人類居住の限界エリア」に突入した。
どこに五つ星ホテルがあるのかは分からないが、車が停車した場所で外に出る。
車から降りると、突然シュッと音を立てたように口の中が乾く!!
一瞬で口の中がカラカラだ!
熱風が吹き荒れ塩が広がる灼熱の大地は、想像と全く違う景色をしていた。
私「おおおお〜〜〜!!」
なんて広大で幻想的な景色なんだ!
これは10時間の車移動の甲斐があったというもの!
まさかこんな場所でキャンプをすることができるなんて…
こんな景色を眺めながらのキャンプは、確かに五つ星ホテルと言って良いかもしれない。
待てよ、そういえばテントはどうするのだろう?
風も強いし塩もかなり硬そうだが、ペグは刺さるのだろうか?
そう思いドライバーさんの方を振り返ると…彼はまさかのものを持っていた。
ドライバー「今日の宿はここだ。」
私「え…テントは?」
ドライバー「そんなもんないぞ。暑いだろ。」
私「え、これだけ?」
ドライバー「安心しろ。マットレスもあるぞ」
そういう問題じゃねえよ!!
そもそもアフリカはマラリアの心配があるので、蚊に刺されることすら危険だ。
サソリだっているかもしれないし、こんな野生の大地じゃどんな動物が来ても不思議じゃない。
私「待て待て、これ安全!?なんか危ない生き物来たりしないの!?」
ドライバー「ブラザー落ち着け、ここは暑すぎて虫一匹いねえよ。」
なるほど……確かにそれなら安全か…
いやそもそもそんな場所で眠るのはどうなのか。
しかし我々に決定権はない。
こんなに市街地から離れた場所ではどうすることもできないのだ。
「キャンプツアー」とは一体…
そんな気持ちを抱えたまま、結局夜を迎えた。
しっかりマットレスは用意してくれたらしい。
自前で寝袋は持ってきていたが、熱風が吹き続ける場所で寝袋に入る気にもならず、たたんだ寝袋を枕代わりにして眠ることになった。
私はまだしも、普段寝付きの悪い妻は確実に眠れないだろう。
車のライトが消されると、周辺に光が何もないので辺りは完全に闇に包まれた。
隣のベッドにいる妻の姿すら見えづらいほど真っ暗である。
どこかでトランプをしているドライバーさん達の声は聞こえるが、もはやどこにいるかも分からない。
私(キャンプツアーって…これは騙されたな)
そう思いながら寝転ぶと…頭上には満天の星が輝いていた。
美しい。
思えば、普通にキャンプをして、こんな風に外に寝転べることなどないだろう。
日本じゃ夜明け前に寒さで震えることになるし、朝露でびしょびしょになるかもしれない。
アフリカの他の場所でも、虫や生き物が心配でこんな風に眠ることはできないはずだ。
自分の周囲も見えないほど真っ暗な中、思いのほか弱くなってきた温かい風を受けつつ、手足を広げまどろみながら感じる宇宙は、想像以上に広く、想像以上に心地良かった。
私が間違っていた。
これは間違いなく、この場所でできる最高のキャンプだ。
キャンプに必要なのはおしゃれなテントでもブランドものの道具でもない。
全身で自然を感じ、自然の一部に帰る自由な心なのだ。
私は星々に囲まれ、宇宙と地球の広大さを感じながら眠りに落ちた。
ーー翌朝ーー
妻「これまでの人生で一番熟睡したかもしれない」
私「俺もかも…」
灼熱の地で一晩過ごした我々は、疲れるどころか癒されていた。
車の方に目をやると、トランプに興じていたはずのドライバーさんはもう起きている。
私は彼に、伝えなきゃいけないことがある。
私「おはよう」
ドライバー「おお、起きたか。よく眠れたか?」
私「眠れたよ」
私「これは…五つ星ホテルだわ」
タカタナカ